物の用途発明_欧州の審査における用途限定の効用
以前、物の用途発明の欧州における審査について、下記の情報を掲載しました。
「公知の物に対して用途の違いのみで構成を区別化する用途発明が、日本では、医薬発明に限らず比較的広く認められています。他方、欧州(EP)では、医薬用途においてのみ用途発明が認められます。したがって、医薬用途以外の用途発明が欧州で審査に付されると、当該用途は、その物の用途に適する(suitable)と解釈されるに過ぎません。つまり、先行技術の範囲は当該用途以外にも広がり、その意味で少なくとも新規性のハードルが日本よりも高くなります。」
欧州の審査実務の知識をお持ちの方から、医薬用途以外の物の用途発明を欧州に出願しても、用途発明における用途限定が発明の構成として考慮されない、だから当該用途限定はクレームの要件から削除して出願したい、という要望を受けることがあります。この考え方は一理あるものと思います。クレームは可能な限り広い範囲をカバーする記載としたい、それゆえクレームに記載しても意味をなさない物の用途限定は、クレームに記載せずに出願したい、というのは自然な発想と思います。
では欧州において、用途発明における用途限定は、当該用途発明の権利化において意味が無いのでしょうか。実はそうではなく、進歩性の判断において物の用途限定は有利に働くものと思います。
欧州における進歩性の判断は一般に、課題解決アプローチが採用されます。このアプローチは次の3つのステップで構成されます。
(1)最近接先行技術の決定
(2)本願のクレームに係る発明と、最近接先行技術との間の差異に基づく客観的な技術的課題の設定
(3)最近接先行技術と客観的な技術的課題に照らして本願のクレームに係る発明が当業者目線で自明であったか否かの検討
そして、欧州の審査ガイドラインにおける(1)の最近接先行技術の決定に関する指針は次の通りです。
「5.1 Determination of the closest prior art
The closest prior art is that which in one single reference discloses the combination of features which constitutes the most promising starting point for a development leading to the invention. In selecting the closest prior art, the first consideration is that it must be directed to a similar purpose or effect as the invention or at least belong to the same or a closely related technical field as the claimed invention. In practice, the closest prior art is generally that which corresponds to a similar use and requires the minimum of structural and functional modifications to arrive at the claimed invention (see T 606/89).」
上記の通り、最近接先行技術は、本願のクレームに係る発明と同じような用途に対応したものが選択されます。したがって、本願のクレームに係る物の発明がその物の用途を限定している場合、この用途限定は、進歩性判断における最近接先行技術の選択範囲を限定する効果を強めると考えられます。
欧州において物の用途限定は、新規性の判断では実質的に意味をなさないことが多いかもしれません。しかし、進歩性の判断では、有利に働く限定事項と言えそうです。