特許請求の範囲 補正の適法性(第3回) ~優先権主張の効果と新規事項~
補正の適法性の判断は「新たな技術的事項の導入に当たるか否か」、「第三者に不測の不利益を与えるか否か」の観点で行われますが、この判断には明細書の明示的な記載や示唆の有無だけでなく、当業者の技術水準、技術常識、従来技術、それらを踏まえた補正後の発明のサポート要件充足性の考え方なども影響し得ます。
審査基準によれば、補正の新規事項の判断は、優先権主張の効果を享受できるか否かの判断の指標ともされていますので、最後に優先権主張の効果ついて触れておきます。国内優先権主張の効果について、審査基準は次のように記載しています(パリ条約による優先権主張の効果でも審査基準に同様の指針が示されています)。
「後の出願の明細書、特許請求の範囲及び図面が先の出願について補正されたものであると仮定した場合において、その補正がされたことにより、後の出願の請求項に係る発明が、「先の出願の当初明細書等」との関係において、新規事項の追加されたものとなる場合には、国内優先権の主張の効果が認められない。すなわち、当該補正が、請求項に係る発明に、「先の出願の当初明細書等に記載した事項」との関係において、新たな技術的事項を導入するものであった場合には、優先権の主張の効果が認められない。」
この優先権主張の効果の判断について、最近、知財高裁で興味深い判決がありました(令和5年(行ケ)第10057号)。この判決は実施例追加型の優先権主張の効果について判断したもので、次のように説示されています。
「『後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超える』ものか否かという判断は、実施例が追加された後の出願の特許請求の範囲に記載された発明が先の出願の当初明細書等の記載事項との関係において実施可能であるかを判断するものと解される。」
「当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例において具体的な製造方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物及び噴射製品と同様にして、イカリジンを配合し、粒子径比(r₃₀/r₁₅)が0.6以上、50%平均粒子径r₃₀が50μm以上を満たす噴射製品を製造することができると解される。」
上記説示からは、基礎出願の発明の詳細な説明の記載が、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明(のすべて)を実施可能に記載しているかという実施可能要件充足性を、優先権の利益を享受するための判断基準の一つに据えているようにも読めます。
化学系の特許出願の優先権主張の適否に関し、同様に実施可能要件の視点から判断した知財高裁判決も存在します(平成17年(行ケ)第10737号)。この判決の説示は次の通りです。
「優先権主張の対象である第1国出願に係る出願書類全体から一つの完成した発明が把握される必要がある。また,本願発明は化学物質の発明であるが,化学物質につきパリ条約による優先権主張の利益を享受するためには,第1国出願に係る出願書類において単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず,当該出願書類全体から当該化学物質が現実に存在することが実際に確認できることを要するものと解するのが相当である。けだし,化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが,それだけでは単に理論上の可能性を示唆するにとどまるものであって,現実に製造できることが確認されない限り,実施可能な発明として完成しているものと評価することはできないからである。」
補正の新規事項の判断も、実施可能要件との関係を踏まえた判決が、今後でてくるかもしれません。